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第2回:「過去を意志する」──自己肯定の再構築

40代、50代前半。人生の折り返し地点を過ぎ、振り返る時間が増えてくる。 

「あのとき、こうしていれば…」 

そんな思考が、静かに心を蝕むことがある。 

過去の選択、失敗、後悔──それらは、自己肯定感を揺るがす根となりやすい。

ニーチェは、この「過去に対する意志の無力さ」に鋭く切り込んだ。 

意志が過去に抱く問題

意志は未来を創造する力を持つ。 

しかし、過去に対しては無力だ。 

過ぎ去った出来事は「こうであった」という事実として、変えようがない。

この無力さが、意志を復讐心や憂鬱へと誘う。 

「過去がこうだったから、今がこうなのだ」と考えることで、意志は過去を罰しようとし、現在を否定する。

一方で、意志は過去の評価を変えることで乗り越えようとする。 

しかし、それは一時的な対処に過ぎず、過去の揺るぎない事実を根本から覆すことはできない。

ニーチェの洞察──過去の救済

ツァラトゥストラは、この問題に対して驚くべき解決策を提示する。 

それは、「過去のあらゆる瞬間を、私がそう望んだ」と肯定すること。 

つまり、過去の出来事を、あたかも自らの意志で選び取ったかのように引き受ける。

この逆説的な態度によって、過去はもはや意志を縛る重荷ではなくなる。 

むしろ、未来を創造するための力へと変わる。

この思想は「永遠回帰」と結びついている。 

──この瞬間が永遠に繰り返されるとしても、それを肯定できるか? 

その問いに「はい」と答えることができたとき、私たちは過去を救済し、自己肯定感を再構築することができる。

運命愛──人生をまるごと引き受ける

過去のあらゆる瞬間を肯定することは、「運命愛」(アモール・ファティ)へとつながる。 

それは、自分の人生のすべてを受け入れ、愛する態度である。

失敗も、苦しみも、偶然も──それらを「私がそう望んだ」として引き受ける。

この態度は、自己肯定感の根本的な回復につながる。 

それは「自分を好きになる」ではなく、「自分のすべてを引き受ける」こと。 

そしてその先に、問いを生きる者としての誇りがある。

次回予告:「永遠回帰──この瞬間を肯定できるか」

次回は、ニーチェの思想の中核「永遠回帰」について掘り下げます。 

日常の繰り返しを、どう哲学的に肯定するか── 

問いを生きる者として、さらに深めていきます。

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